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伏美岳~一九六七峰

ふ~ちゃん

久々にゴールデンウィークの日高を縦走してきた。本当は幌尻岳まで行く予定だったが、雪の少なさと天気の関係でカットになった。

~続きがあります~

宗谷丘陵

ふ~ちゃん
目的
宗谷岬~幌別山縦走
日程
1996年01月03日(水) - 11日(木)
山域
宗谷丘陵

行程

1996-01-03
苫小牧~宗谷岬 C0
1996-01-04
C0~丸山~P200.9 C1
1996-01-05
C1~P225~P264 C2
1996-01-06
C2~曲渕鬼志別線~P303 C3
1996-01-07
C3~P227 C4
1996-01-08
C4~幌別山~道道734号線~Co180コル C5
1996-01-09
C5 停滞 C6
1996-01-10
C6~P207~P176 C7
1996-01-11
C7~P165.9~上豊神最終民家 下山

1996年01月03日(水) 苫小牧~宗谷岬

朝早く、苫小牧を出て旭川まで特急を使うが、宗谷岬に着いたのはもう日が暮れてからだった。風が強いので、トイレの横にテントを張る。夕食を食べていると、外からぽつりぽつりと雨の降る音がしてくる。明日日は雪に変ってくれるだろうか。

1996年01月04日(木) 宗谷岬~丸山

タイムレコード
時刻天候場所行動
06:00地吹雪起床
07:10出発
09:00丸山直下Co120(4.8km)
14:55P200.9の先 林道C1

雨は雪に変り、風は西風になっている。岬から、しばらくは道の上を行く。意外にも、途中には住宅地らしき物があり、ちょっぴり拍子抜けする。牧草地が続き、他には何もないので、海からの風が直接頬に吹き付ける。P157.1から、植林地になり、少しだけ風をよけられる。風が強いので、林道の横にあった木材置き場の塀を風よけにして天張る。

1996年01月05日(金)

タイムレコード
時刻天候場所行動
05:00起床
06:55出発
15:00P264の先 Co170林道上(26.5km)C2

ひたすら歩く。荷物が重い。足が疲れた。腹減った。

よる、体がだるい。風邪だろうか。少し熱っぽい気がする。

1996年01月06日(土)

タイムレコード
時刻天候場所行動
05:10起床
06:50出発
07:05曲渕鬼志別線
15:00P303の先 Co210(36.9m)C3

何もない。ただひたすら無数のポコを越えていく。どうも気が焦っている。ゆっくりと楽しみながら行こうと自分に言い聞かせるが、ついつい急いでしまう。なぜ、こんなに疲れるのか不思議だ。あまりに退屈な行程に、OB会の楽しかった夜が恋しく思い出される。ビールや酒のことばかり頭に浮かぶ。ああ、読図が面倒だ。

1996年01月07日(日)

タイムレコード
時刻天候場所行動
05:00起床
07:00出発
10:00目梨別九線川Co110二股
13:55P227の前 Co210コル(42.5km)C4

この日は出鼻をくじかれる。目標のコルの方向へ行くと、谷が刻まれ進めず、右を見ても、左を見ても谷。進むべき方向に稜線が見つからず、現在位置を確認するために、手前のポコに登り返したりするが、場所は間違っていない。やむを得ずの中を行くことにするが、こんな屈辱的なことはない。納得いかん。

今回の山行は、ケチって5万図を使ったのだが、やはり、2.5万図とは情報量がまるで違う。今回、迷ったところも、後に2.5万図で確認すると、しっかりと派生尾根が確認出来た。う~む。

1996年01月08日(月)

タイムレコード
時刻天候場所行動
05:00起床
06:55出発
08:00幌別山
12:35道道734号線
14:20Co180コルC5

出発してから初めての山だが、周りがあまりにも低いので、展望はすこぶる良い。そこから先もやはり何もない地形が広がっている。道道の通過では、ダンプなどが行き交う。・・・当たり前か。道道からの登りは急斜面で、スキーを外し、ツボ足で行く。疲れる。夜、吹雪いてくる。

1996年01月09日(火)

タイムレコード
時刻天候場所行動
05:00起床
06:00強風停滞 C6

ラジオでは盛んに、大雪、大雪で、交通が混乱していると言っている。明日はもっと悪くなると言っている。

1996年01月10日(水)

タイムレコード
時刻天候場所行動
05:50起床
07:20出発
11:00地吹雪P206の前 Co210ポコ(56.8km)
14:05P176の前 Co140コル(59.1km)C7

ああ、下界が恋しい。ビールが飲みたい。

1996年01月11日(木)

タイムレコード
時刻天候場所行動
05:00起床
06:45出発
10:40P165.9(63.2km)
15:00上豊神最終人家下山

ポコを一つ越えるたび、いや、ポコさえも存在しないただひたすら続く雪原と、植林地の中を歩いていると、このどこまでも変らぬ風景から逃げ出したくなってくる。その上、そこらに林道が張り巡らされ、原始性のかけらも感じられず、気持ちがどんどん冷めていく。気が付くと、僕の足は下界を目指していた。

上豊神の最終人家で電話を借り、タクシーを呼んで最寄りの駅へ向かった。

  • 日記:214
  • 2013年04月08日(月) 17:10 更新
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北日高の白き稜線を歩く

ふ~ちゃん
目的
GW山行 ピパイロ岳~幌尻岳~十勝幌尻岳縦走
日程
1993年04月29日(木) - 05月05日(水)
山域
北日高

行程

1993-04-29
室蘭~芽室~伏美小屋 C0
1993-04-30
C0~伏美岳ピパイロ岳~国境稜線コル C1
1993-05-01
C1~一九六七峰戸蔦別岳幌尻岳 C2
1993-05-02
C2~七ツ沼カールカムイ岳カムイ岳北東尾根 C3
1993-05-03
C3 停滞 C4
1993-05-04
C4~エサオマントッタベツ岳札内岳~C5
1993-05-05
C5~十勝幌尻岳~林道 下山

メンバー

C.L
ふ~ちゃん
S.L
おやぶん
M
とーの
さいが

装備

1993年04月29日(木) 伏美小屋

とーのさんの白ミラで出発。芽室の警察署で計画書を提出した後、新嵐山スキー場に車を残置。そこからタクシーで伏美山荘へと向かう。この時、車のことを警察にもスキー場の人にも許可を取っていなかったので、スキー場の人にご迷惑をかけることになる。本当にごめんなさい。

さて、我々はタクシーで林道を上がっていく。除雪は小屋の手前2km手前まで入っていた。しかし、除雪が入っていない時は、かなり歩く羽目になりそうだ。長い林道にはいる時は、事前に営林署に確認を取っておくのは基本中の基本だ。

伏美小屋は三角形のシンプルな作りだが、中は意外と広く、快適だ。ただ、夜中に枕元をネズミが走り、メンバーが気になって眠れなかったそうだ。わたしは、ネズミよりも、ネズミだ何だと騒いでるメンバーの方が気になっていたが・・・

1993年04月30日(金) 白い稜線へ

距離
8.092km
沿面距離
8.461km
標高差
1091m
累計標高
1572-480m
平均速度
0.8km/h
タイムレコード
時刻場所行動
03:00起床
04:00出発
08:10伏美岳
12:40ピパイロ岳
14:35Co1793コルC1

これから先、長い道のりが待っているので、出来る限り早起きを心がける。今朝は、朝から焼きそば。ちょっと重たい感じがするが、おやぶんは「たりねぇ」とぼやいていた。

朝の冷え込みで、雪面がガチガチに凍り付いている。登山口からアイゼンをつける。朝一での日高の急登はかなり効く。体力自慢のおやぶんがいきなりバテ始め、すぐに休憩を取る。朝飯が足りなかったせいだろうか。読図をして、現在位置を確認していると、とーのさんが地図とコンパスを車に置いてきて、おやぶんは地形図に磁北線を引いていないことが発覚する。

日が昇り、雪が腐ってきたので、ワカンを履くことにする。ところが、とーのさんのワカンがすぐに壊れてしまう。簡単には修理出来そうにないので、とーのさんはワカンなしで行くことになる。一人苦労しているとーのさんを見ていると、一見役に立っているのか判らないワカンも、それなりに効果があるのだと実感出来る。

伏美岳まで、朝一で重い荷を背負ってこの傾斜でこの高度差はかなりつらいものがある。しかし、ピークからのすばらしい展望はそれまでのつらい行程を一気に忘れさせてくれる。遙か南に1839峰の鋭鋒までが見える。ワカンを履いたまま、下り始めると、いきなり足を引っかけて滑落する。幸い、すぐに止ったが、これは不用意だった。すぐさま皆のワカンを外させ、アイゼンに履き替える。

ピパイロ岳は思った以上に岩が露出していた。馬の背は噂以上に細く、後に歩く七ツ沼の背よりも細く感じる。斜面は一気に底まで落ち込んでおり、強烈な高度感だ。1ヶ所、どうしても越えられない岩場があって、左側から巻く。垂直に感じられる壁にへばりついて、慎重に通り過ぎる。西峰に立ってほっと一息。主稜線に続く斜面を駆け下り、1967峰とのコル幕営する。

この日はいきなりの10時間行動。みなさんお疲れさまでした。

1993年05月01日(土) 北日高の核心部へ

距離
7.948km
沿面距離
8.237km
標高差
242m
累計標高
991-749m
平均速度
1.0km/h
タイムレコード
時刻場所行動
03:00起床
04:20出発
07:20北戸蔦別岳
08:40戸蔦別岳
11:40幌尻岳
12:25幌尻岳直下C2

今日は少し風が強い。天気図によると、気圧の谷が近づいているようだから、そのためだろう。今日も長いのでとっとと行く。一九六七峰から P1940 あたりは背が高くてとても眺めがよい。一九六七峰の下りの岩場でいくつか面倒な巻きをする。

アイゼンをバリバリ効かせて、走るように北戸蔦別を通過する。1881峰周辺の岩場も滑落しないように適当に巻きながら進む。岩場を過ぎ、戸蔦別に向かう途中、北大山スキー部の人たちとすれ違う。スキーを担いでいる。今まで我々が歩いてきたところをずっとシートラで行くのかと思うと、ちょっとクレイジーな連中だと思った。

戸蔦別岳は見た目の通り、一気に上がり、一気に下っている。幌尻の往復でまたここを登り返さねばならないだろうか。ちょっとうんざりする。七ツ沼の背は七ツ沼側が垂直に落ちている。反対側の斜面によって通過する。この辺りから、雲行きが怪しくなってきた。戸蔦別から幌尻のピークはそう遠くなく見えたので、ガスがかかる前には到着出来るだろうと思っていたが、ピークが近づくに連れてガスはみるみる濃くなって、視界が悪化。悪いことに、幌尻のピーク前後は細かいポコがあり、何度となくニセピークにだまされる。これはつらい。ニセピークのたびにスパートをかけるものだから、本当のピークにつく頃には皆バテバテになっていた。

ピークはもう、完全にガスの中で何も見えない。当時私は、晴れたピークに必要以上にこだわっていたので、これは納得がいかない。昨日の天気図の状態から、気圧の谷は今晩中に通り過ぎるという判断を下し、メンバーの反対を押し切り、ピーク直下の斜面を開拓し、幕営する。

しかし、さすがに春とはいえ、ツェルトでこの高度の天場は厳しかった。強風でツェルトの一部は破け、入口のファスナーは崩壊。雪が吹き込んできて、グロッキー状態になる。正直、ここでの幕営は誤った判断だった。私は気持ちが悪くなって、夕飯ものどを通らなくなってしまった。

1993年05月02日(日) 七ツ沼から北東尾根へ

距離
8.351km
沿面距離
8.582km
標高差
-375m
累計標高
603-978m
平均速度
1.1km/h
タイムレコード
時刻場所行動
03:00起床
05:25幌尻岳登頂
05:45出発
06:40七ツ沼カール
12:30カムイ岳
13:00カムイ岳北東尾根C3

一晩苦しんだかいもあって、今日は風が残るものの、青空が広がっている。メンバー3人は風のせいで少しやる気が失せているようで、出発が少し遅れてしまう。他のメンバーはわざわざもう一度ピークを踏むつもりはないらしいので、出発の準備をしている隙に私一人でピークアタックをする。なぜかピークでは風がなく、気持ちよい。もしかしたら、天場がたまたま風の通り道だったのかもしれない・・・

戸蔦別岳は、やはり登り返すのはやめにして、七ツ沼カールに降りてしまうことにする。七ツ沼まで高度さ200m位の斜面を一気に尻滑りで滑り降りる。七ツ沼は確かに気持ちのいいところだ。出発したばかりだが、ここに天張ってしまいたい衝動にかられる。

主稜に戻ってすぐに、単独行のにぃちゃんに出会う。「すごい」などの感想が漏れるところは、当時の若さを物語っている。この日の行動は比較的楽なはずだったが、昨夜の天場で疲れが取れていないせいか、意外にもとーのさんがバテバテになってしまって、予想以上に時間がかかってしまった。

カムイ岳に近づくと、人影がちらほらと見え始めた。北東尾根に到着すると、(日高の山奥にしては)ものすごい数の人が居る。幕営し、それらの人たちと会話を交わしていると、その中の一人が、余った食料と、穴の空いてしまったビールを分けてくれた。びーるは穴が空いて、少々気が抜けていたが、思いがけない一滴は格別だった。

1993年05月03日(月) 停滞

朝起きて、外を見ると、雪がしんしんと降っていたので、すぐに停滞と決めてしまう。今まで大急ぎで走ってきたので、1日ぐらい良いだろう。昼からトランプを始めるが、雪目になったらしく、まともに目を開けていられない。結局、この日は1日寝て過ごすことになってしまった。申し訳ない。しかし、この停滞で休養がとれて、結果的に良かったかもしれない。

1993年05月04日(火) 踏み抜きトラップの雪庇尾根

距離
8.674km
沿面距離
8.974km
標高差
-122m
累計標高
889-1011m
平均速度
0.8km/h
タイムレコード
時刻場所行動
03:00起床
04:45出発
09:45エサオマントッタベツ岳
10:55札内分岐
14:55札内岳
16:10Co1560コルC5

天候はかんばしくなかったが、昨日の分も取り返さなければならないので、渋々出発する。エサオマントッタベツ岳まで、稜線には東側に巨大な雪庇が発達している。広い雪面の、どの辺が雪庇の切れ目なのかさっぱり判らない。調子に乗って歩いていると、思いっきり亀裂に突き刺さる。亀裂は雪の下に隠れ、稜線に沿って延々と続いている。皆に笑われながら引っ張り上げてもらう。幸い雪庇崩壊を引き起こさず、笑い話ですんで良かった。

この日は前日に降り積もった雪のせいで、ラッセルがキツく、ペースが上がらない。ピーク感のないエサオマンを通過。北東カールカール壁に注意しながら札内JPから、資料線へ向かう。この辺りを過ぎるまでガスが濃く、手探り状態で進んでいく。札内岳手前のコルを過ぎた頃にガスが切れ始め、ふと後ろを振り返ると、札内川雪崩の走った跡があった。昨日降った雪が早速表層雪崩を起こしているようだ。

札内岳の登りで、傾斜が増してきたのでメンバーにアイゼンを着用するように指示するが、私はついついそのまま進んでしまう。雪面はみるみる硬くなり、直下ではツルツルになってしまった。しかし、この傾斜では今さらアイゼンをつける体勢すらとれない。仕方がないので、ピッケルのみを頼りにピークまで上がる。これはちょっと怖かった。ピークでようやくアイゼンをつける。

札内のピークは狭く、皆が座るにはちょっと心許ない。下りは非常に急で、バックステップで慎重に下る。

1993年05月05日(水) 下界へ

距離
15.192km
沿面距離
15.544km
標高差
-1180m
累計標高
592-1772m
平均速度
1.5km/h
タイムレコード
時刻場所行動
02:00起床
03:50出発
12:30林道
14:00下山

ついに最終日。出来るだけ早めに下山したいので、気合いの2時起き。日の出とともに出発する。最終日といえども、アップダウンはまだまだ続く。しつこいポコにうんざりしながら、意外と遠い勝幌カチポロに到着する。

今日は久々によい天気でとても気持ちがいい。さすが日高の展望台と言うだけあって、勝幌からの眺めはこの山行の中でも最高の物だった。途中何度もくじけそうになったが、ここまで来た甲斐があった。いつまでもそこにいたいという気持ちを押し殺して、ピークを後にする。に降りると、雪崩にやられそうな気がしたので、本来の登山道沿いのルートを取りやめ、長い北尾根を下ることにする。案の定、登山道方面に雪崩の痕跡が見える。

北尾根は思った以上に長かったが、みんな下山ダッシュでかけ降りる。林道に出て、登山ガイドの安井さん邸まで歩く。安井さんにスキー場まで送ってもらう。長くてつらい山行だったけれど、それ以上にたのしい山行だった。

春の知床岬

ふ~ちゃん
目的
1992/春合宿 知床岳知床岬縦走
日程
1993年03月18日(木) - 25日(木)
山域
知床連峰

行程

1993-03-18
室蘭~釧路 C-1
1993-03-19
C-1~羅臼~岬町 C0
1993-03-20
C0~海岸~ウナキベツ川~Co550 C1
1993-03-21
C1~知床岳~B.C C2
1993-03-22
C2~知床岬 C3
1993-03-23
C3~停滞 C4
1993-03-24
C4~ウィーヌプリ~ペキンの鼻~ペキン川 C5
1993-03-25
C5~羅臼~釧路

メンバー

C.L
いぐ
S.L
おやぶん
M
ふ~ちゃん
E
サイガ
G
レインマスター

1993年03月18日(木)

朝一の汽車で、青春18切符を使い出発。苫小牧手前で、いぐちさんが、重要な装備である、金デポを忘れたことに気づく。いぐちさん一人で取りに戻り、我々だけ先に行くことにする。いぐちさんは特急を使い、何とか終点釧路にたどり着く。バスターミナルの横の駐車場に幕営させてもらう。しかし、釧路は遠い。なんとこの日、C-1(きゃんぷまいなすいち)である。

1993年03月19日(金)

釧路からバスを乗り継いで、羅臼へ向かう。羅臼の食道で昼飯を食べていると、何か我々が貧相に見えたのだろうか、その店の店主が魚の干物を差し入れしてくれる。

とにかくバスで行けるところまで行く。山から吹き下ろす風の中、とぼとぼと終点相泊を目指していると、たまたま通りかかった軽トラに乗ったの漁師のおじさんが、荷台に乗せて目的地まで送ってくれる。ありがたいが、猛烈に寒い。相泊に到着すると、天候はますます酷くなる。我々がどうしようかと考えあぐねていると、おじさんが、「オレの家の物置に泊まってけ」と奨めてくれる。あまりにも恐縮なお誘いだが、図々しくお言葉に甘えることにする。

おじさんの家で、ビールや夕食をご馳走になって、物置に案内してもらう。物置と言っても、漁師の大きな倉庫で、ヒーターまで焚いてもらい、十分に暖かい。積み重なったコンブの横でありがたく寝かせてもらう。

1993年03月20日(土)

タイムレコード
時刻場所行動
06:00出発
07:45相泊
15:00Co550C1

あさ、昨日と同様に軽トラの荷台に乗っけておくってもらう。何から何まで至れり尽くせりで恐縮しきりである。1日待ったおかげで、人気は快晴。風もなく海も穏やかで、海岸歩きには抜群のコンディションだ。

観音岩まで、薄く積もった雪を利用して、スキーを使っていく。観音岩の急なルンゼを登り、細引きでスキーを引き上げて越える。すぐ先のウナキベツ川に入る。側壁が切り立った狭いさわのなかを、何度か渡渉をした後、尾根に取り付く。疎林の急斜面をジグを切って登るが、ほどほどに積もった雪が崩れ落ちそうで怖い。

ポロモイ台地直下の窪地に幕営する。

1993年03月21日(日)

タイムレコード
時刻場所行動
04:30起床
06:05出発
10:00知床岳
14:00B.CC2

今日も快晴。ポロモイ台地へと続く急な尾根をE.Pを効かせてよじ登る。台地に登ると、急にだだっ広い雪原が目の前に広がる。知床岳に向けてコンパスを切り、念のためデポを打っていく。どこまでも視界があるので、みな自分のペースで広がって歩く。

知床岳に近づくと、反対側から大勢の人が上がってくる。思いがけず、大賑わいのピークに到着する。お茶を沸かしたりとくつろいだ後、デポを回収しながら尾根を引き返す。台地からの急な尾根に出ると、来た時のとレース場に巨大なひび割れが走っている。出来るだけ雪崩の起きなさそうな所を選んで、そそくさと下る。

天場に戻り、外でシュラフを干したり、酒を飲んでうだうだと過ごす。夜には、シュラフに入って寝ころび、落ちてきそうな星空を眺めながら酒を飲む。

1993年03月22日(月)

タイムレコード
時刻場所行動
04:00起床
05:40出発
15:55知床C3

昨日と同じコースをたどり、ポロモイ台地に上がる。時々細くなる稜線を歩き、岬を目指す。ウィーヌプリの左をトラバースして、北へ延びる尾根を降りていく。

下るにつけ、細い灌木のブッシュが多くなり、体中のあちらこちらがひっかかり、歩きにくい。スキーも突っかかり歩きにくいが、スキーを外すと今度は締まっていない雪にずっぽりと埋まってしまう。もういやん成りながらなんとか林を抜ける。海岸の崖っぷちに出て、海岸沿いに岬を目指す。

岬の台地から、海岸に降りて幕営する。

1993年03月23日(火)

今日は1日晴天停滞とする。快晴の元、海岸の砂利の上で焚火をしたり、枝にホットケーキミックスを巻いて焼いて食べたりした。この遊びで皆の性格が出る。私は全体がこんがりきつね色になって仲間で火が通るまで、ひたすらじっと待つが、食い意地の張った人たちは我慢しきれずに、生焼けのままかぶりついたり、うっかいりさんは回すのを忘れて、片面だけ焦がしたり、ミックスを落としてしまう。

接岸した流氷に乗り、記念撮影をしたりして過ごす。

1993年03月24日(水)

タイムレコード
時刻場所行動
04:00起床
05:45出発
10:30ウィーヌプリ
15:25ペキン川C5

国後島から上がる朝日を眺めて出発。ダラダラと来た道を戻っていく。例の尾根は下りよりも登る方が楽ちんだ。ウィーヌプリは、皆が無視していく中、私だけ一応ピークを踏んでいく。ピークというか、ただの出っ張りだが・・・

ペキンの鼻まで快適に滑り降りる。ペキン川の隣にテントを張るが、外で遊んでいると、重しをかけ忘れたため、風でテントが駆け上がる。

1993年03月25日(木)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
06:35出発
13:50相泊

干潮の時間を確認しながら、海岸を進む。スキーを担いで、海岸沿いの岩場へつるというのはなかなか違和感がある。風のない穏やかな天気で助かる。これで波が高かったらとてもじゃないけどやっていられないだろう。

観音岩を越えて、海岸をひたすら歩く。相泊でタクシーを呼んで、羅臼へと戻った。

冬のセコ連峰沼巡り

ふ~ちゃん

ニセコ連峰には毎年訪れているが、現役時代では唯一成功したニセコの山行である。

~続きがあります~

やっぱり雪洞に閉じ込められて

ふ~ちゃん
目的
1993/冬期基礎訓練 旭岳
日程
1992年11月20日(金) - 24日(火)
山域
表大雪

行程

1992-11-20
室蘭~旭川 C0
1992-11-21
C0~旭岳温泉~石室窪地 C1
1992-11-22
C1~旭岳~石室窪地 C2
1992-11-23
C2~練習 C3
1992-11-24
C3~旭岳温泉 下山

メンバー

AB
C.Lいぐごとー
S.Lふ~ちゃんおやぶん
MこばPよねP
Mしみずとーの
Mさいがだっしゅ
Mのぶ

1992年11月20日(金)

タイムレコード
時刻場所行動
09:20室蘭出発
25:00旭川C0

Bパーティは、明日車でのんびり来る。我々は電車で出発。旭川で一晩を過ごす。居酒屋村さ来で出来るだけ夜中までねばる。閉店で駅に戻り、朝まで暖かいところを探して仮眠を取る。

1992年11月21日(土)

タイムレコード
時刻場所行動
07:00起床
09:30バス乗車
11:00旭岳温泉
13:00姿見駅
14:00石室窪地C1

ダラダラと出発の準備を整え、旭岳温泉に向かうバス停でバスを待っていると、見る見るうちに秀岳荘ヤッケを身にまとった学生の列ができあがる。どうやら、他の大学の山部も旭岳に訓練に向かうようである。まるで、合ワンのような光景だ。

旭岳温泉に到着すると、Bパーティが既に到着していた。ロープウェイの長蛇の列に並び、石室へ向かう。きっちりコンパスを切って、デポを打ちながら石室へ向かう。石室の横にテントを建ててC1。Bパーティの人たちはスキーの練習をしているようだ。

1992年11月22日(日)

タイムレコード
時刻場所行動
06:00起床
08:00出発
09:50Co1950シーデポ、EP着用
10:25旭岳
11:20Co1950滑落停止練習
14:00C2

今日は悪天をぬって、ピークアタック。あまりかんばしくない天気だが、この時期は贅を言っていると、とうてい登頂は無理だ。

アタック装備でピークを目指す。Co1950でスキーを置き、EPに切り替える。この時、サイガが、アイゼンを忘れてきたことが判明。いぐちさんとサイガはここで引き返すことになる。Aパーティの残りのメンバーは、Bパーティに合流する。岩場にデポを打ちながら右側を巻いていく。

結局あまり視界の効かないままピーク到着。そそくさと引き返し、シーデポ地点まで戻り、滑落停止の練習を行う。

1992年11月23日(月)

タイムレコード
時刻場所行動
07:15起床
09:00ザイル練習
14:10雪洞作成
16:10ΩC3

適当にザイル練習。手作りピケットが折れる。そのうえ、一本紛失する。午後から雪洞を掘る。良くあることだが、スコップのねじを紛失する。

例のごとく、2つの雪洞を横穴で繋ぎ、Bパーティの雪洞に集まり、大宴会を始める。あまりに盛り上がり、飲み過ぎた井口さんが吐く。困ったもんだ。

1992年11月24日(火)

タイムレコード
時刻場所行動
06:00起床
10:30姿見駅
13:15旭岳温泉下山

あさ、ライターの火がつかない。どうやら酸欠のようだ。雪ですっかり入口がふさがっている。中からトンネルを掘って外に出る。ここではこんな事は日常茶飯事なのだと悟る。デポを回収し、スキー場を滑り降りる。

秋の夕張岳

ふ~ちゃん
目的
1992/リーダー養成 夕張岳往復
日程
1992年10月10日(土) - 11日(日)
山域
夕張山地

行程

1992-10-09
雨天延期
1992-10-10
室蘭~夕張岳新道登山口 C0
1992-10-11
C0~夕張岳

メンバー

C.L
ふ~ちゃん
S.L
おやぶん
M
よねP
E
サイガ

1992年10月09日(金)

今日、出発の予定だったが、朝から雨が降っていた。私はどうせ1停持っていくのだから、山小屋で1泊するつもりで部室に行くと、他の3人は全く行くつもりがないらしい。仕方がないので、出発を1日遅らせることにする。

1992年10月10日(土)

タイムレコード
時刻場所行動
16:15部室出発
20:30夕張岳新道登山口C0

今回は、メンバーに済賀を迎え、久しぶりに後輩と山に行くことになった。例によって、米谷さんの黒ミラを転がしていく。

道路地図を持っていかなかったので、道路標識と全道地図だけを頼りに進む。途中、南清水というところには「メロン」という、まったく安直なネーミングのパチンコ屋がある。清水沢で道が判らなくなり、交番で聞く。ここで、ジャイアント瓶のビールを買って、林道に突入していく。登山口には数台の車がった。山荘までは少し歩かねばならないようなので、ここにテントを張ることにする。22時の天気図をとることにして、それまでトランプで遊ぶ。ビールと酒はあったけれど、つまみを買い忘れたため、みんなお腹がすいたとうるさい。仕方がないので、停滞食のラーメンを作って食う。

1992年10月11日(日)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
06:15出発
07:05P924
09:45夕張岳
13:20登山口出発

空は曇っているが、雨は降りそうもないので出発することにする。朝飯は玉うどん。なかなかグッド。食べやすい。出発する頃には、スカッ晴れとはいかないものの、まぁまぁの天気になってきた。

少し行くと分岐に出た。とりあえず、左の尾根コースへ進む。しばらく行くと、プレハブのような山小屋が見えてきた。夕張山荘だ。そこから、最初のポコンまでの登りが少し急だが、それ以外の場所はたいてい緩やかで歩きやすい。サイガは靴擦れが痛いらしく、がに股で歩いていく。後ろから見ているとなんだか滑稽で面白い。P924からは岳がよく見える。ノ沢というだけあって、滝がよく見える。前岳を回り込むと、高原が広がっている。そこから先の、高原上の道は昨日までの雨でぐしょぐしょになって歩きにくくなっていた。サイガなどは靴の中に水を入れてしまったようだ。

予定よりずっと早くピークに着くが、芦別岳も十勝連峰も雲に隠れてよく見えない。晴れてはいたが、少し風が強かったので、ツェルトをかぶることにする。しばらく待つが、どうも芦別の方の雲は切れそうになかったので出発する。私は靴の中に水が入るのがいやだったので、スパッツをつけるが、サイガはなんと、「人のだから良いや」とのたまって、そのまま水たまりの中を突き進んでいった。酷いヤツだ。

途中、サイガが靴のひもを締め直している間、おやぶんがガマ岩の周りを偵察してくる。いくつかルートがあるらしい。サイガは靴擦れがかなりつらいらしく、遅れ気味になる。

下山後、サイガの足にマキロンを吹きかけて、再びミラに乗り込み、「グォーグォー」などとならしながら林道を攻めていく。事件はそのとき起きた。カーブで後ろが滑って、林道の右肩につっこんでいった。目前で止ったが、右前輪は肩から落ちている。みんな、びびっているのと、ほっとしたので複雑な表情を浮かべている。車をなんとか押し上げて、今度は安全運転で室蘭を目指す。

二度目のカムイミンタラも幸せの庭

ふ~ちゃん
目的
新人強化 黒岳~白雲岳~トムラウシ山縦走
日程
1992年05月29日(金) - 06月01日(月)
山域
表大雪

行程

1992-05-29
室蘭~上川 C0
1992-05-30
C0~層雲峡~黒岳白雲岳~白雲小屋 C1
1992-05-31
C1~忠別岳五色岳~北沼~トムラウシ山~北沼 C2
1992-06-01
C2~化雲岳~天人峡温泉 下山

メンバー

AB
C.LいぐこばP
S.Lふ~ちゃんしみず
MごとーよねP
Mおやぶんとーの
Mのぶだっしゅ

1992年05月29日(金) 室蘭~上川

タイムレコード
時刻場所行動
室蘭出発
上川C0

2つのミラと、電車に分乗して上川駅をめざす。小さなボディーに人と荷物がすし詰め状態はキツい。当時はまだ携帯電話など普及していない時代、無線機を使い、2台で交信する。例によって上川駅の横にテントを張る。

1992年05月30日(土) 黒岳白雲岳

タイムレコード
時刻場所行動
09:15ロープウェイ終点
09:55リフト終点出発
11:00黒岳
11:50黒岳石室
13:25北海岳
15:10白雲岳
16:30白雲小屋C1

こんなに早起きをする必要はなかったが、なにせ、田舎とはいえ、駅前なので、ちらほらと人の気配などもしはじめたので、いつまでも公共の場所でテントの中にいるわけにも行かない。天気もいいのでバスが来るまで外でうだうだと過ごすことにしよう。大雪山系が美しくそびえている。

層雲峡からは軟弱にも、ロープウェイとリフトを利用する。ロープウェイ終点ではシマリスと戯れたりして、完璧観光気分だ。ま、いっか。

程なく、雪渓が現われ、ぬるい雪面を交代でキックを刻んでいく。我々の刻んだキックを利用して、スキーヤーやら、当時はまだ珍しかったボーダーやらが追い抜いていく。すいませんとか、一言あれよ(▼▼メ)。

今年も好天に恵まれ、大雪の大展望に見とれながら白雲を目指す。白雲の外輪に着くと、そこには年に1週間見られるかどうかの、幻の湖があった。当時は、それほど幸運なこととは思わずに、「ああ、水がたまってら」ぐらいの、罰当たりな感想を漏らす。ここまで、あんまりのんびり歩いてきたもんだから、ピークで時間切れとなり、天気図の時間となってしまう。皆が白雲小屋を目指す中、私とリーダーだけ取り残され、幻の湖のほとりで天気図をとらされる羽目になる。

天気図の仕上げはほどほどに、大急ぎで既に誰も居なくなった白雲の斜面をグリセードで滑り降りる。初の白雲小屋で快適な一晩を過ごす。

1992年05月31日(日) 高根ヶ原~トムラウシ山

タイムレコード
時刻場所行動
04:30出発
07:05忠別岳
10:00五色岳
15:20北沼装備デポ
16:00トムラウシ山
16:30北沼C2

朝からちんたらやってるBパーティをほっとき、先に出発する。だって、今日は長いんだもん。どこまでも見渡せる快晴の高根ヶ原を揚々と歩く。この世の苦しみなど何もないかのごとく、静かな世界が広がる。ああ、自分はなんて幸せなんだろう。少々、もったいないくらいにサクサクとすすみ、忠別岳

あまりの気持ちよさに、ここを去りがたいので、とりあえず後発パーティがおいくつまでは、昼寝と紅茶でうだうだと過ごすことにする。お願いだから、のんびり来てね。とは言っても、今日はトムラウシ登頂が目標。ここまで来ても、その目標はあまりに遠くに見える。Bパーティが追いついても、まだまだ居たい気持ちを振り切り、楽しみは先にあることを期待して出発する。それにしても、こっちのメンバーはごとーさん、おやぶん、わたし。メンバーの性格が、行動に反映されるんだなぁ。

五色岳のハイマツのトンネルを抜け、高根ヶ原の気持ちよさには及ばずも、美しい五色ヶ原を通過。トムラ・ヒサゴ分岐のコルで休憩していると、岩場からナキウサギが出現する。みな、珍客(いや、こっちが客か)の出現に歓声を上げ、近づいて写真を撮ったり、餌をやろうと試みたりと、大騒ぎ。思わず大休止となる。

北沼で荷物を残置し、大急ぎでトムラをアタック。Bパーティが追いつくまで最高の大展望を堪能する。明日は下山するだけなので、天気図をとることもなく、のんびりとすごす。

1992年06月01日(月) 化雲岳~天人峡

タイムレコード
時刻場所行動
03:45出発
04:50天沼
05:50化雲岳
08:30Co1330
12:00見台
12:50天人峡温泉下山

2時起きで雉撃ちに出かける。東向きの斜面で、事を済ませながらご来光を拝む。パンパン。

あまりにも気持ちの良い季候が続いている。今日も快晴。化雲の岩にへばりついたりしながらのんびりと進む。しかし、化雲から先は例年通り雪渓でルートがとぎれとぎれ、あそこだ、ここだと、10m単位で侃々諤々と足を進める。結果的には、わたしの読図が正しかったわけだが。

皆ここから去りがたく、台地の最後で2時間ほど昼寝をかますことにする。紅茶を沸かしたり、雪合戦をしたりと、みな思い思いの時間を過ごす。

しっかりと体力を回復させた後、一気に下山ダッシュモードにはいる。見台からはノンストップで天人峡を目指す。当然のように、33曲りを数えるヤツ、猛然と走る続けるバカ、何度来ても、ここでやることは皆一緒だ(爆)。

結局誰が優勝したかは定かではないが、はらだっしゅのかかとが靴擦れでボロボロになって泣きそうだったことだけは覚えている。

知床半島基部を縦走

ふ~ちゃん
目的
春合宿 斜里岳~摩周岳縦走
日程
1992年03月21日(土) - 29日(日)
山域
知床連峰

行程

1992-03-21
室蘭~清里 安井邸 C0
1992-03-22
C0~Co900 B.C C1
1992-03-23
C1~停滞 B.C C2
1992-03-24
C2~斜里岳~B.C C3
1992-03-25
C3~サマッケヌプリ山~P1019手前コル C4
1992-03-26
C4~停滞 C5
1992-03-27
C5~標津岳養老牛岳コル C6
1992-03-28
C6~裏摩周~Co650コル C7
1992-03-29
C7~摩周岳~展望台 下山

メンバー

C.L
やまこしさん
S.L
よねP
E
おやぶん
M
ふ~ちゃん

1992年03月21日(土)

タイムレコード
時刻場所行動
07:00室蘭出発
16:00清里 安井邸C0

今回は実家の清里町に帰省する安井さんの車に便乗させてもらう。ずうずうしくも、C0間でお世話になり、いろいろとご馳走になる。

1992年03月22日(日)

タイムレコード
時刻場所行動
11:15林道終点出発
12:20平岳コル
13:45Co900 B.CC1

今日の行動は短いので、安井邸でのんびりしてから出発。安井さんに林道終点まで送ってもらう。

その名の通り、平らな平岳を通過し、斜里岳へと向かう尾根を探す。森林限界手前でベースキャンプを張る。

1992年03月23日(月)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
07:00停滞決定 C2

行けない天気ではないが、斜里岳は快晴でないと行かないと決めていたので、停滞。スノーモービルの音がうるさい。氏ね

1992年03月24日(火)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
06:05出発
06:45P1256
08:15斜里岳
12:10B.CC3

予定通りスカパ。ぐんと急になる尾根をぐいぐいと登る。竜神池付近はちょっとわかりにくい地形になっている。馬の背に向かって急斜面をよじ登っていく。馬の背は両側がすっぱりとキレ落ちて細い。ピークからは360度さえぎる物のない、大パノラマ。遠く国後島さえも見える。2時間ほどうだる。

下りのスキーは少々高難度。馬の背からはクラストで、スキーはほとんど使い物にならない。P1050までは細くてクラストした尾根に苦労しながらくだる。そこから先は快適にスキーでB.Cを目指す。

1992年03月25日(水)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
07:05出発
08:00Co750
12:15サマッケヌプリ山
13:10P1019手前コル Co950C4

平らな森林地帯を、バリッとコンパスだけを便りに進む。きっちりと目的地を通過し、摩周へ続く尾根へと取付く。途中、降り出した雪はサマッケヌプリまで来ると湿った吹雪となり、ずぶ濡れとなる。とりあえずツェルトをかぶって待機する。広い場所まで進み、幕営

1992年03月26日(木)

吹雪。停滞。レッツトランプ。

1992年03月27日(金)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
06:40出発
08:50標津岳
12:30養老牛岳
13:00コルC6

快晴。以外と細い尾根をとばしながらスキーイング。核心の斜里岳は終わっているので、みな余裕でおのおの楽しみながら進む。

1992年03月28日(土)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
06:40出発
11:20裏摩周展望台
15:00Co650コルC7

ミニ日高とかいわれているらしい所など通過し、尾根を下る。林道へ出て、国道を通過、裏摩周展望台まで道に沿って進む。こうなると、もう登山という気はしない。

1992年03月30日(月)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
06:10出発
06:50摩周岳
08:00C7地点
11:30第一展望台下山

摩周岳にアタック。カムイシュ島は湖が凍結しなかったためあきらめる。だんだんと人の気配を感じながら、摩周第一展望台へ到着。ようやく長い山行に幕を下ろす。

余市岳~喜茂別岳の雪原を歩く

ふ~ちゃん
目的
1991/春合宿 朝里岳余市岳喜茂別岳縦走
日程
1992年03月13日(金) - 17日(火)
山域
札幌山群

行程

1992-03-13
室蘭~札幌国際スキー場~朝里岳手前 C1
1992-03-14
C1~余市岳~美比内山手前 C2
1992-03-15
C2~千尺高地手前 C3
1992-03-16
C3~停滞 C4
1992-03-17
C4~無意根山喜茂別岳~中山峠 下山

メンバー

C.L
やまこしさん
S.L
よねP
E
おやぶん
M
ふ~ちゃん

1992年03月13日(金)

タイムレコード
時刻場所行動
06:30室蘭出発
11:00札幌国際スキー場
12:05リフト終点出発
12:25Co1200C1

1992年03月14日(土)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
06:30出発
08:45余市岳
13:25P1086
14:05美比内山手前Co990コルC2

1992年03月15日(日)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
09:30出発
10:25Co980コル
11:45千尺高地手前Co1100C3

1992年03月16日(月)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
09:30停滞決定 C4

1992年03月17日(火)

タイムレコード
時刻場所行動
05:00起床
06:50出発
08:30無意根山
11:30喜茂別岳
14:05中山峠下山
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